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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)60号 判決

理由

まず、本件各手形の振出、裏書の経緯について審究する。原審および当審における被控訴本人各尋問の結果、甲第一、二号証(各表面部分は、振出日、受取人欄を除いてその成立につき当事者間に争がなく、裏面部分は、当審における証人北健治の証言、被控訴人の供述により成立を認める。)、甲第三号証(当審における被控訴人の供述により成立を認める。)および弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人はかつて訴外北健治と軍隊生活をともにしたことがあり同人と引続き交際があつたこと、北は自己の経営する東栄精版印刷所の金融に資するため従来控訴人からいわゆる融通手形の振出を受けてきていたが、控訴人は昭和三五年三月頃右同様他に裏書譲渡し金融を得させる目的で被控訴人主張(1)の約束手形を、又、同年五月初頃(2)の約束手形を、それぞれ北に対し振出交付した(ただし、各振出日、受取人欄は白地のまま。)こと、北は本件手形をいずれも振出を受けた直後被控訴人に裏書譲渡しこれによつて得た金員は右印刷所のため使用したこと、右裏書当時被控訴人は金融業を営んでいたのであるが、被控訴人の知人富田万三の経営に係る富田鉄工所(当時再建の途上にあり銀行から取引を停止されていた。)の受取手形割引の便をはかるため十三信用金庫および大阪中央信用金庫に「富田鉄工所石井国太郎」なる口座を開設し右金庫との間に取引をしていたところから、訴外北において本件各手形面上に被裏書人の表示としてたんに「富田鉄工所」と記載したこと、ついで、被控訴人は、本件各手形を十三信用金庫および大阪中央信用金庫に「富田鉄工所石井国太郎」名義で裏書譲渡し、右各金庫職員において各振出日、受取人欄を被控訴人主張のとおり記載補充したうえ、(1)の手形については十三信用金庫において満期に、(2)の手形については大阪中央信用金庫において満期の翌日にそれぞれ支払場所において支払を受けるため呈示したがその支払を拒絶されたこと(北と控訴人との間では、以前から、満期前に手形金相当額の金員を北において控訴人方へ持参し、これによつて融通手形を決済する例になつていたが、本件手形は、北が昭和三五年五月二〇日倒産したため遂にその決済ができなかつたのである。)、そこで被控訴人は本件各手形を前記各信用金庫から受戻して現にこれを所持しているものであること、以上の事実関係を認定することができ、右認定に反する原審証人沢田耕一の証言の一部、原審および当審における控訴人本人の供述の各一部は前掲証拠に照し措信できず、他に右認定に反する証拠はない。(なお、控訴人が本件各手形を振出日、受取人欄白地で振出したこと、これが不渡になつたことのみは、控訴人においても争わない。)

そこで、控訴人の抗弁について順次判断する。

控訴人の原審における主張(二)および当審における主張(三)について。

控訴人は、本件各手形は控訴人において北健治に他で割引を受けることを依頼して預けたものであるにかかわらず、北はその割引金を控訴人に交付しないものであると主張するが、右主張に副う原審および当審における控訴人の各供述の一部は前記のように措信できず、かえつて、本件各手形は北をして他から融通を得させるため振り出されたいわゆる融通手形であると認められるのであるから、控訴人の抗弁はその前提たる事実を欠くこととなり、その余の点について判断するまでもなく、失当であるといわなければならない。

控訴人の原審における主張(三)について。

しかしながら、約束手形の被裏書人は、その裏書譲渡を受ける際においていちいち手形振出人の真意を調査する義務を負うものではなく、この理は、右被裏書人が金融業者である場合でも同様である。従つて、本件において被控訴人が本件各手形の裏書を受けた際、控訴人についてその振出の事情を調査しなかつたとしても何らかの過失があるということはできない。のみならず、本件各手形が当初振出日、受取人欄白地のまま振出され、後にこれが補充されたことは前記のとおりであるが、控訴人は補充について予めいかなる合意がなされ、現になされた補充が右合意にいかなる点において違反するのかとの点について何ら具体的な主張をしていない。よつて、控訴人の抗弁は、いずれにしても失当であるといわなければならない。

控訴人の原審における主張(四)および当審における主張(一)について。

しかしながら、さきに認定したように、被控訴人は一旦本件(1)の手形を訴外十三信用金庫に、(2)の手形を訴外大阪中央信用金庫に裏書譲渡したが、満期における支払拒絶後右各金庫からこれを受戻して現にその所持人となつているものである。してみると、被控訴人は右金庫への裏書を抹消すると否とにかかわらず、再び本件手形上の権利を取得したものというべきであり、控訴人は右裏書の抹消されていないことを理由として本件手形金の支払を拒むことができない。よつて、裏書が抹消されているか否かの点について判断するまでもなく、控訴人の抗弁は理由がない。

控訴人の当審における主張(二)について

前記甲第一、二号証によれば、本件各手形面上第一裏書の被裏書人が富田鉄工所と記載されていることが認められる。しかしながら、前記認定の事実関係によれば、被控訴人は本件手形の裏書譲渡を受けた当時富田鉄工所石井国太郎名義で金融機関との間に取引をなし、富田鉄工所をもつて自己を表彰する名称として使用しており、このことは裏書人たる北健治も充分認識したうえ被裏書人を富田鉄工所と記載して本件手形を被控訴人に裏書譲渡したものと解される。しからば、被控訴人は右裏書により本件手形上の権利を取得したというに妨なく、控訴人の抗弁は理由がない。

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